失われた日本魂―超古代史が今、静かに動き出す

太政官道

太政官道

 

太政官道とはお役人が通る公式ルートで、公用で国府等へ出張するときに通る道です。

 

 

例えば都を出発し、四国に上陸して土佐国府へ向かう道は、四国中央を東西に流れる吉野川沿いを進み、そのまま途中から南下するのが距離的にも道の難易度的にも、安全で近い最良のルートだったはずなのです。

 

 

ところが実際に設定されたルートは、高松から松山へ抜けて急に四国山脈を南下すると言う、とても大回りで困難な道のりでした。それがあまりにも困難だったので、訴えが認められてできたルートが、現在の徳島市内を通って四国の東側をぐるりと回るルートだったのです。これでも大回りで山沿いを通る険しいルートでした。

 

 

では、中央の近くて安全で楽な吉野川沿いに進むルートは誰が通れたのでしょうか? それは島流しになった土御門上皇や皇女など、二度と都に戻らぬ片道切符で四国へ渡った高貴な方だけだったと言います。

 

 

なぜこのような設定がされたのかというと、阿波を通った人たちが都に戻ってからその道中の出来事を話すことを恐れたからだと思われます。つまり阿波の中心部を通るルートは避けたということで、そこには見られたくない知られたくない景色があったということです。こうした困難な太政官道は江戸時代まで続きました。

 

 

その見られたくない景色とは、そう、この吉野川ルートには戦国時代まではあの「三里四方の霊地」をもつ忌部大神宮があり、そこを通らねば土佐には行けなかったです。

 

 

その忌部大神宮については、鎌倉幕府創設と同時に源頼朝が領地安堵の書状を忌部大神宮へと送って敬意を示しているのは「源頼朝のお墨付き」に書いた通りです。歴代の日本国のトップは「江戸幕府のお墨付き:古代の天子葬の場捜査指図」にもあるように忌部大神宮を認識していたのです。


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