失われた日本魂―超古代史が今、静かに動き出す

太龍寺縁起

太龍寺縁起表紙

太龍寺縁起

天長二年(825年)、教王護国寺の管長になっていた空海が、阿波国太龍寺の縁起を書いています。画像はその表紙と一文の抜粋。

 

 

そこには金剛遍照撰を修め、「阿波國那賀郡舎心山太龍寺天神七代之内六世面足尊煌根尊降居坐磯輪上秀真国是也」と書いてあります。

 

 

つまり、「磯輪上の秀真の国は阿波国なり」と書いているのです。

 

 

磯輪とは「磯の輪」、つまり海の中にある輪で「鳴門の渦潮」と解ければ、その上にある国は「阿波国」といえます。

 

 

また、秀真の国が阿波国ならば、「秀真伝(ほつまつたえ)」=「阿波伝」となり、これで秀真伝の研究家が秀真の国がどこであったかいろいろ説を出していますがこれで答えが簡単に解けるようになりますね。(^_?)?☆

 

 

太龍寺は、徳島県阿南市加茂町にある高野山真言宗の寺院。舎心山、常住院と号する。四国八十八箇所霊場の第二十一番札所。阿波秩父観音霊場の第十番札所。本尊は虚空蔵菩薩。

 

 

太龍寺についてはホームページの紹介文を引用しておきます。

太龍寺は徳島県鷲敷町の東北にそびえる海抜600mの太龍寺山の山頂近くにあり、古来より「西の高野」と呼ばれています。 延暦12年(793)19歳の弘法大師空海が、太龍嶽(舎心嶽)の上で百日間にわたり「虚空蔵求聞持法」を修法なされたことは、大師24歳の時に著された「三教指帰」の中に「阿国太龍嶽にのぼりよじ土州室戸崎に勤念す 谷響を惜しまず明星来影す」と記されています。
つまり、太龍寺と室戸岬は青年期の大師の思想形成に重要な役割を果した修行地であることがうかがわれます。

              

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