失われた日本魂―超古代史が今、静かに動き出す

阿波にある全国的有名神社の元宮記事一覧

出雲大社

矢鉾神社「亀太夫神事と出雲大社」に詳細は書いておりますが、現在の出雲大社は創建時から「出雲大社」と言う名前だったわけではありません。そもそも現在の出雲大社は、江戸時代までは「杵築大社」と呼ばれており、「大社」と言えば現在は丹後地方にある「出雲大神宮」を指していたのです。そしてその出雲大神宮は、阿波か...

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宇佐八幡神社

宇佐神宮と言えば、誰もが大分にある宇佐神宮を思い浮かべることでしょう。ではその宇佐神宮は元宮なのでしょうか?725年(神亀2年)には確かに現在の大分に創建されたのでしょうが、「宇佐」の名前の由来は伝わっていないのではないですか?阿波の国では宇佐とは元々、「宇狭」。阿波は古代、「倭の国」(いのくに)と...

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樫原神社

阿波にある樫原神社が、ご祭神を神武天皇として延喜式内社に掲載されている唯一の古社です。明治時代、奈良に橿原神宮ができた時、この徳島県阿波市土成町の鈴川山頂上にあった樫原神社はある日突然轟音とともに崩れ落ち、谷底に埋まってしまいました。それを村民が総出で掘り起し、現在の場所に鎮座させたと言われています...

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白鳥神社

白鳥神社は、江戸時代に分社されていた讃岐の白鳥神社が非常に賑わって「うちが本家だ。」と言い出したため、阿波と讃岐のどちらの神社が白鳥神社として元宮なのか、江戸幕府が裁定することになりました。その結果が写真にある「両国一社」と言う言葉です。つまり阿波と讃岐の両国の中で元宮はこの一社であるとの裁定結果な...

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鴨神社

下加茂神社のところで書きましたように、江戸時代、京都の上賀茂神社から使者が来て、「そちらの神社は神祭りの仕方が違うので、当社のしきたりに直すように。」と言われ、新参者に泣く泣く?合わせた悲しい歴史が地元三好町史に掲載されています。下加茂神社にお参りした時にその境内の「猫の額(ひたい)」のような小ささ...

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下加茂神社

ここが鴨神社とともに、空海によって京都に移された下賀茂神社の元宮です。この地域は古代加茂宮と呼ばれ、天皇家の聖地でした。江戸時代に京都の上賀茂神社から使者が来て「御社の祭りの仕方が違うので変更するように。」との話があったことが三好町史に残っています。当時、時代をときめく名社である上賀茂神社が地方の小...

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住吉神社

阿波にある住吉神社。その元宮は、今は埋め立てられて陸続きになっておりますが、江戸時代以前は禁足地として海に浮かぶ「玉島」に鎮座した豊玉媛神社の摂社として存在したのです。そして現在は藍住町に移されております。ここの神社は今でも重厚さがあって、阿波でも私が好きな神社の一つです。住吉神社と言えば、大阪は摂...

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大山祇神社

画像は現在の大山にある大山寺です。全国に系列社10000社をもつと言われる伊予の国の一宮、大山祇神社。この元宮は阿讃山脈の東にある大山です。頂上に大山寺が現在でもあります。古代、「〜大山」という地名は全国に数々ありますが、単に「大山(おおやま)」と呼ばれていたのはここだけだそうです。つまり、「神宮」...

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諏訪神社

徳島県名西郡石井町にある諏訪神社。古事記の中にも出てくる、タケミナカタとタケミカヅチが力比べをしたと伝わる「力石」(ちからいし)が伝わる、現在の長野県諏訪大社の元宮です。古来、「多祁御奈刀弥神社」(たけみなとみじんじゃ)として呼ばれた神社です。諏訪神社力石そもそも信濃国の諏訪神社は691年に創建され...

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天岩戸神社

徳島県美馬郡つるぎ町一宇にある天岩戸神社です。「天岩戸」の項でも書きましたように、林道ができる前は、参拝するにも命がけの神社でした。今では便利になった反面、場を維持する重要性が増したと思います。ご縁があると思われた方は、是非一度お参りくださいませ。

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秋葉神社

多家良町丈六にある秋葉山に鎮座する秋葉神社です。ここは勝浦川にのぞむ燈台跡です。この秋葉神社は上州の秋葉神社にここから移したとも伝わるところです。上州は忌部が開拓していった地方ということから考えると、それが正しい伝承だと思います。

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勝占神社

「出雲大社」の項でも書いたように、出雲大社の元宮の候補地の一つである「勝占神社」です。ここがオオナムチ神(阿波では大国主命という言い方はあまり出てこないですね)の葬場との話が伝わる重量な場所です。

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熊野神社

「熊野神社は、阿波と紀伊とどちらが本家本元?」阿波の熊野神社は八咫烏ではなく、菊花紋、桐紋の由緒正しき社紋を有しております。そのご祭神は「隈野久須比命(くまのくすひのみこと)」。伊太郡隈野庄の氏神となり、隈野庄総鎮守「熊野大明神」として祀られています。

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